English

植田正治《童暦》コロタイプポートフォリオ

このたび、工房設立100年余の歴史をもつ京都・便利堂のコロタイプ工房では、東京都写真美術館および著作権者である植田正治事務所の監修の下、多くの植田正治作品の中から最も代表的な作品群であるシリーズ《童暦》の中から12点を厳選し、コロタイプ・プリントによる限定のオリジナル・エディションを刊行します。 ピグメント(顔料)を用いて写真作品が持つスピリットを最大限に引き出した今回のポートフォリオは、今やそのオリジナルプリントが入手困難とされている植田正治没後最初の新作プリントとして、また植田正治の新たな一面としてご紹介するものです。 深いシャードーからハイライトにかけての滑らかな階調、不思議な暖かみ、顔料を使うため可能となる自在な色表現など、コロタイプしか持ちえない独特な美しさで表現されたハンドメイド・プリントは、今後の写真表現の一役を担う新たな作品プロセスとしてご覧いただけることでしょう。

植田正治《童暦》コロタイプポートフォリオ:2006年制作出版 限定30部記番入
コロタイプ・プリント(便利堂コロタイプ工房、京都)12点収録  プリントサイズ:14×17インチ イメージサイズ:約9.5×14インチ
用紙:越前手漉き鳥の子2号紙
序文:巌谷國士
監修:金子隆一(東京都写真美術館)、仲田薫子(植田正治事務所)
各ブック・マット装; 20×24インチ
永久保存用ケース(外寸:L51.0×W62.0×H7.0cm)および外箱ダンボール入
各プリントには、著作権者によるエディション記番と品質を承認するエンボスが押されています
限定30部 ¥1,000,000(税込価格¥1,050,000)
※2006年4月価格  残部に限りがございますのでご了承ください
制作発行:株式会社 便利堂 
〒604-0093京都市中京区新町通竹屋町下ル弁財天町301
tel: 075-231-4351 fax: 075-231-2561 
お問い合わせはこちらから
収録作品
推薦文 金子隆一(写真史家・東京都写真美術館専門調査員)
植田正治について
シリーズ《童暦》について


収録作品

《童暦:春1》 《童暦:春2》 《童暦:春3》
《童暦:春1》 《童暦:春2》 《童暦:春3》
《童暦:夏1》 《童暦:夏2》 《童暦:夏3》
《童暦:夏1》 《童暦:夏2》 《童暦:夏3》
《童暦:秋1》 《童暦:秋2》 《童暦:秋3》
《童暦:秋1》 《童暦:秋2》 《童暦:秋3》
《童暦:冬1》 《童暦:冬2》 《童暦:冬3》
《童暦:冬1》 《童暦:冬2》 《童暦:冬3》
ページTOPへ

推薦文 金子隆一(写真史家・東京都写真美術館専門調査員)

日本はコロタイプの国である--コロタイプ・ポートフォリオ《童暦》によせて

「近代写真の父」とも称されるアルフレッド・スティーグリッツが創刊した『カメラ・ワーク (Camera Work)』(1902〜17)は、写真史上もっとも美しい写真雑誌といわれている。それは、フォトグラビア法で印刷された写真図版の美しさによっている。フォトグラビア法は網点を使わない手刷りのグラビア印刷で、20世紀の初頭において芸術的な印画法として確立しているのである。
では日本ではどうだったのだろうか。
20世紀初頭、明治時代末にフォトグラビア法は導入されるが、一般的に行われることはなかった。それは、当時わが国においてはコロタイプ印刷が高度に発達していたからと言ってよいだろう。
明治10年代に遡る日本のコロタイプ印刷は、アメリカで乾板製造やコロタイプ、写真網目版といった写真印刷技術を学んだ写真師小川一真が1889(明治22)年に東京でコロタイプ印刷所を設立し、美術雑誌『國華』の創刊から写真版を印刷する頃をさかいにして高度な展開を見せ始める。20世紀に入るとピクトリアリズムの芸術写真が追求される中でコロタイプ印刷は、写真雑誌『写真例題集』(1904年創刊)に代表されるように、関西において特異な発達をしてゆく。そして1920年代になると淵上白陽が主宰する写真雑誌『白陽』(1922年創刊)で、福原信三の写真集『パリとセーヌ』(1922年刊)で、そして新興写真の表現を代表する小石清の写真集『初夏神経』(1933年刊)においてもコロタイプ印刷が使われる。近代的写真表現を追求するなかでもコロタイプ印刷はオリジナル・プリントに匹敵する印画技術として日本の写真表現をかたちづくってきているのだ。
欧米においては、コロタイプ印刷は機械的な再現のみが追究された技法であり、フォトグラビア法だけが芸術的な印画技法として確立されている、という認識があるが、こと日本の写真史を考えると、このことはあてはまらない。
この意味においていえば、日本はコロタイプの国なのである。この植田正治のポートフォリオ『童暦』は、この伝統を継承する中で制作された作品集であることを見逃してはならないのだ。

ページTOPへ

植田正治について

植田正治(1913-2000)

鳥取県生まれ。中学3年生の頃から写真に夢中になる。18歳のときに上京して、オリエンタル写真学校に入学。
卒業後、郷里に帰り19歳で営業写真館を開業。
この頃より、写真雑誌や展覧会に次々と入選し、頭角を現していく。
代表作に《少女四態》《パパとママとコドモたち》など。
山陰の空や砂丘などを背景に、被写体をまるでオブジェのように配置した演出写真は海外でも“ueda-cho”といわれ、
現在も世界中で高い評価を得ている。
2005年「植田正治:写真の作法」展が東京都写真美術館で開催されたことは記憶に新しく、
また2005年から2008年にかけてヨーロッパ各地を大規模な回顧展が巡回されるなど、没後再評価の動きが高まっている。

植田正治
ページTOPへ

シリーズ《童暦》について

1955年頃から1970年頃までに撮影、写真雑誌等で発表されてきた作品群をまとめ、中央公論社より「映像の現代」第3巻として1971年に出版された植田正治の写真集に名付けられたタイトル。「映像の現代」全10巻は、この当時「VIVO」や「PROVOKE」などで活躍していた若い世代の写真家たちを中心に構成されていたが、この中に当時58歳の植田正治が組み入れられたことでも話題となり、写真家・植田正治の評価における第二ステージの始まりとなった。山陰地方を舞台に子供たちの姿を通して描かれる春夏秋冬の風景が、植田独自の印画テクニックによって、はかなくも美しい映像世界として作り上げられている。

ページTOPへ
CHILDREN CALENDAR, photographs by Ueda Shoji