財団法人 徳川黎明会 徳川美術館 公認・監修

【商品仕様】


本紙寸法 縦37.7×横21.8cm
額装寸法 縦54.0×横34.0cm
多色コロタイプ版印刷
手漉鳥ノ子2号紙
木製額・布マット・アクリルカバー付き・
紙箱入り・解説付き
財団法人徳川黎明会認定証付 番号入

価格 36,750円(税込み)

※別途特別装仕立承ります。詳細はお問い合わせください。

制作・発行 株式会社便利堂
電話  075-231-4351
FAX   075-231-2561

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◎三方ケ原の戦いと「しかみ像」

三方ケ原の戦いとは、元亀三年(1572)家康三十歳の時に起こった武田信玄との戦いです。徳川領に侵入してきた武田軍は総勢二万強、対する家康軍は僅か八千、織田信長の援軍を合わせても一万強。家康の本城・浜松城を横目に悠々とわが領土をゆく武田軍に、家康はじめ諸将は地団太踏んで悔しがります。ここで何もせずいたのでは後世まで臆病の誹りは免れぬと、家康は決死の覚悟で討って出ました。しかし、天下一の戦上手と謳われる信玄に敵するところでなく、あっという間に蹴散らされ最後は家臣も見失い家康は単騎で浜松城まで逃げ帰ったと言われています。徳川軍は、大惨敗を喫したのです。

その後、家康は当時の苦渋に満ちた自らの肖像画を描かせます。これがこの「三方ケ原戦役画像(しかみ像)」で、家康は終生手元にこれを置き自らの戒めとしました。

また、大惨敗を喫したものの武田信玄に立ち向かったことで家康の武勇は広く知れ渡ることにもなりました。

その後の信長の突然の死、格下の豊臣秀吉の天下と、実に長きにわたり冷や飯を食わされた家康ですが、この間にも「しかみ像」を眺め悔しさに耐えたのではないでしょうか?

しかし最後に覇権を握り、誰もなし得なかった平和な世を作りあげたのですから、この画像は家康にとり戒めでありラッキーアイテムでもあったに違いありません。

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